氷川 『空の境界』は第1章から第7章まで、原作に忠実な形で映画化され、それぞれ1時間弱、第5章と第7章だ けが2時間弱という形で公開されました。ただ、当時は意外と文筆家や批評家の間でも、「『空の境界』で何が起きているのか」ということを話題にしている人 は少なかったです。
これは東京テアトルの沢村敏さんと立ち 話的な情報交換をしていた中から生まれた意見なのですが、「60分尺のアニメって意外といいのではないか」と思ったのです。最近、『機動戦士ガンダムUC』のBlu-ray Discがヒットしていて、1話50分なのですが、ものすごく良い世界観で、絵柄も話も緻密なんです。カルト向けと言っていいぐらい、好きな人なら本当に どっぷりとはまれるのですが、一方で劇場サイズのスクリーンで見る場合、人間が耐えられるのは60分が限界ではないかと思ったのです。
ここ10年~15年、アニメは特にDVDを売ることを前提とした場合、クオリティ主義をとっていて、作画もレイアウトも撮影処理も緻密で、物語も 多層構造になっています。そうなると一般映画と比べて、1.5倍~2倍くらいの濃度になっていて、かつ意図のある映像しか流れてこないので、見ていて疲れ てしまうんですね。押井守監督なんかだと、そういうところの疲れ具合もコントロールするような映像を合い間に設けていたりします。ただ、60分を走り切っ て、濃い映像が見えきった後の感覚に特別なものがあったんですね。
私は『空の境界』は第3章まではDVDで見たんです。「ふーん、こんなものが好きなのかな」と作り手からすると申しわけないことを思ったりしたの ですが、第4章を映画館で見た時、暗い空間の中で、濃い映像を見て、しかも催淫効果のある音楽がガンガン流れている中で、異境っぽいものを感じたのです。 どれくらい意図されているか分からないのですが、「これは宗教体験なんじゃないか」と思ったのです(『空の境界』予告編映像)。
『空の境界』原作のTYPE-MOONさんの名前を借りて、「『空の境界』はTYPE-MOON教だからヒットしたんだ」とみんながよく飲み屋で 言っていたのですが、「ああ、ホントなんだ」と思いました。劇場にはそういう風に人を酔わせる効果があると自分で体感して、さらに第5章を映画館で見た時 にちょっと感動してしまったりして、「これは来るな」と思ったのです。DVDではなく、映画館で作品が好きな人たちと同じ空気を吸って、同じ光を浴びなが ら見る経験性というのは、先ほど石井さんが言われたような「世界はデジタル化したからこそ、お客さんの嗜好がアナログ化している」ということと軌を一にし ていると思いました。
もう1つ、60分尺がいいと思ったのは、(同じ時間で)2回上映できるんですね。シネコンがインフラとして全国に整備されたころ、『機動戦士Zガンダム A New Translation』(2005年)が 公開されたのですが、30歳前後の人たちが見る映画なので、レイトショーにサラリーマンがたくさん来たという現象があったのです。ヒットとまではいかな かったのですが予想外で、「そういう映画の視聴体験があるんだ」と思いました。レイトショーだと、2時間近い映画では一杯やった後には見られない可能性が あるのですが、2回上映されると、どちらかの回を見られるわけです。好きな人だったら2回とも見るかもしれないですが。尺が短いと、そういう風に取り回し のよさがあります。
また、「アニメのDVD販売ビジネスの最大の弱点は何だと思いますか?」と聞かれたことがあるのですが、最大の弱点は第1巻は売れても、第2巻、 第3巻となるにつれて売り上げが落ちていくことです。最後の方になると、300本とか500本という聞いているだけで血の凍るような数字になるタイトルも あるらしいです。しかし、『空の境界』では第2章を公開する時に第1章のDVDを販売して、第3章を公開する時に第2章のDVDを販売したところ、売り上 げが右肩上がりとまでは言えないのですが、落ちなかったらしいんですね。
また、『空の境界』は残虐なシーンとかがあるので、テレビでは流せないですよね。そういうさまざまなパズルのピースがうまくはまって成功したんだ なと思います
Business Media 誠:もはや映画宣伝に“王道”はない――『東のエデン』に学ぶ、単館上映ビジネス(後編) (1/6) (via katoyuu) (via kondot) (via rarihoma) (via atorioum) (via noboko) (via otsune)